こんな関係 森沢翔
ただ今の時刻。夕方の5時。
場所は栄泉高校の武道館。周りは誰もいない・・・・。
「?慎二、なんや調子悪いんか?」
「あ、ああ。いや、なんでも・・・・っつ」
咄嗟に腰に腕を回して、平次は慎二を支えた。
だが、倒れてきた慎二は、声も出せないようで、平次の腕の中に納まって荒い息をつくだけだ。
「おい、大丈夫なのか?」
横にいた新一も、心配そうに覗きこんだ。それに気づいた慎二はふうっと息をついて笑う。
「ごめん、工藤君、俺・・。」
「馬鹿、こんな時に無理して笑うんじゃねーよ!」
平次に支えてもらってることに対して詫びる慎二に、新一は怒った。
確かに、少し前の新一であったら、こんなことを目の前で見せられて冷静でいられるわけがない。
しかし、今は違う。二人が本当に『友達』として信頼しあってるのが解るのだ。
「服部、移動するか?」
「ああ、せやな。」
今日は剣道部の練習試合があった日だ。
とりあえず土曜日のため、明日は平次たちも新一も学校自体は休みなので、問題はない。
「悪い・・・・。」
顔色が急に消えてきた慎二に、二人は慌てて休める場所へと移動をはかる。
「しっかり掴まるんやで?」
手を貸していても歩けなさそうな慎二を、二人は間に挟んで肩をもつ。
「っつ・・・・・!」
「おい・・・!」
だが、足元から崩れていく慎二を、二人は支えきれない。
「服部、運んでやれよ。」
「ああ。」
二人は一旦慎二を床にズルリと降ろした。
「俺、タクシー呼ぶから。」
「ああ。頼むわ。」
はぁはぁと息がだんだんと荒くなる慎二を平次は抱き上げる。
新一はそれを確認した後、携帯でタクシー会社に連絡をとっている。
「――ええ。そうです。はい。よろしくお願いします。」
ピっと携帯を切って、新一は平次を見る。
「十分くらいでくるってさ。」
「ん。ほな校門に移動しよか?」
言いながら平次は新一の横に並んで歩きだす。
それを横目で見た後、新一も頷いた。
「ボタン、はずすぞ?」
移動を終えて、慎二を下に降ろして、二人は横に座った。
そして、苦しそうにしている慎二の胸元をはだけさせる。
そこから現れた白い肌に、平次はドキリとした。
「――何赤くなってんだよ・・・。」
横でその瞬間を見てしまった新一は、少し拗ねて、平次を見つめた。
だが、それに答えたのは平次ではなくて・・・・。
「怒らないで・・・工藤君。俺・・・が・・・」
平次に抱き締められたような状態で、慎二が新一を見上げる。
病気のせいか、妙に色っぽい目が、新一さえもドキリとさせる。
「なんでもねーよ。悪かった。慎二も黙ってろよ。」
ふわりと自分の着ていた上着をかけて、新一は笑う。
それを見た慎二も、一瞬、何かを考えた後、笑ってくれた。
「――・・・あのさ、実は二人に・・・お願い・・・がある・・・んだ・・。」
「ん。なんや?」
「二人とも、俺のこと、好きだって言ってくれたよな・・・?」
何とか収まってきた呼吸に、慎二はゆっくりと息を吐いて落ち着かせる。
それを見て少し安心した二人は、慎二をじっと覗き込む。
とりあえず、今日も学校自体は休みだったので、既に生徒はおろか、教師でさえも一人もいない・・・。
まぁ、当直の先生くらいはいるだろうが・・・。
「・ああ・・?」
言いたいことが解らない二人は、首を傾げて慎二を見つめたままだ。
それを見た慎二は、ふわりと笑うと、身体を少し起こす。
「工藤君、怒らないで、ね?」
「・・・・内容によるぜ?」
慎二の切羽詰った様子に、新一は苦笑して、内容の確認を要求した。
「平次にキスして欲しい。」
「・・・・!?」
新一は驚いて息を呑んだ。けれど、新一は慎二の真剣な瞳の前に、理由を聞いてみようかと思えた。
勿論、平次もだ。
「理由、が、あんだろ?」
「ある。けど、それを、言う前に、して欲しいんだ・・・。」
無理なことを言っているのは百も承知の慎二だ。
新一がどれだけ焼餅焼きで、そして、平次がどれだけ新一を好きで、大切に思っているかも。
「ダメ、だよ、な?」
「し・・・。」
「質問に答えたら、したるわ。」
「――・・・!?」
慎二に何かを言おうとした新一を、平次が遮る。
平次にしては珍しく、新一の意見ではなく、自分の意見を前に出した。
「質問・・・?」
「ああ、せや。」
「・・・・何・・・?」
「俺のこと、『愛して』へんよな?」
「・・・・ああ。」
ゆっくりと答えた慎二に、平次はふっと息を吐いた。
「工藤・・・。」
「・・・なんだ?」
「見たなかったら、あっち、向いとき?」
「は・・・とり・・・・。」
してほしくない・・・・と思うのも本当だが、様子のおかしい慎二が気になるのも事実だ。
新一は覚悟を決めると、頷いた。
「ごめん・・・・。」
目を伏せて謝る慎二に、平次はゆっくりと顔を近づけると、ふわりと、キスを落とす。
触れるだけのものなのに、優しい、優しい、キスだった。
「ん・・・・。」
袖をぎゅっと握りしめて、慎二は目を閉じた。
映画のワンシーンのように、綺麗な、瞬間。
嫌なはずなのに、新一は、不思議なほど落ち着いていた。
何故かは、自分でもわからないのに・・・。
「・・・ありがと。」
目を開けた慎二が、仄かに微笑む。
「理由、の前に、今度は、工藤君に、キスして、平次?」
「は・・・?」
ますます意味の解らない、といった感じで、新一は慎二を見つめている。
けれど、平次は、素直に頷くと、そっと慎二を放して、新一に振り返る。
優しい光を称えた、久しぶりの『恋人』の視線。
ドキンっと心臓が跳ねた新一は、平次を見つめることさえ困難だった。
「ええか?工藤・・・・。」
確認をとってくる平次に、新一は少し考えるようにして、近づく。
「いいぜ・・・。こいよ。」
あくまでも強気な新一に二人は苦笑すると、平次は新一に手を伸ばす。
捕らえた瞬間、もう、我慢など出来なかった。
「新一・・・・。」
「ん・・・・・。」
熱く奪われる、吐息。
「・・・・。」
いつのまにか本気になってキスを繰り返す二人を、慎二はじっと見つめている。
――・・・優しい光を称えて。
「・・・・・っとり・・・。」
抱き締める腕に力を入れて、新一は平次を見つめている。
まるで世界に二人きりのような、甘い時間。
「――・・・理由聞く前に・・・。」
軽く新一を抱き締めたまま、平次は慎二を見た。
「体調不良と関係あんのやな?」
「・・・・!?」
流れて来た言葉に、慎二は息を呑んだ。
まさか気づかれるとは思っていなかったから。
新一は平次の腕の中でぐったりしているために、何も言わずに、会話だけ聞いている状態だ。
「どれだけ、お前と剣交えてると思うとるんや?」
平次の言葉に慎二は笑う。
「そうだね。ごめん。別にみくびっていたわけじゃなかったんだ。」
じっ平次を見つめて、慎二は詫びる。そして、決心したように、二人を見つめた。
「今ね、少し家がごたついてるってのは、平次には話したよね?」
「ああ、親が離婚するっちゅうのはな。」
「うん。あれには続きがあってね。離婚は決定みたいなんだ。」
「――慎二の引き取り方でもめてるとか、か?」
平次の腕の中から、新一が慎二を見上げている。
新一の言葉に慎二は小さく頭を振った。
「それだったら、良かったんだけどな?」
「――どういう意味や・・・?」
「うん。実はね、僕、ね、7才まではNYで育ったんだ。
だからね、挨拶とか、頬にキス、なんて、日常茶飯事だったんだ。」
「・・・・。」
急な話題転換をした慎二に、二人は言葉を挟まずに聞き入る。
「両親とも日本人だけど、海外赴任でNYにいたんだ。
で、両親共仕事の鬼だったんだけど、結局、仕事を選んで離婚をすることになって、僕は母親に引き取られることになったんだ。」
そこまで言って、慎二はふうっと溜息をついた。
「再婚相手の人って、アメリカ人なんだけど、何かって言うと僕に触れてくるんだ。
いや、別に嫌らしいことされた、とかじゃないんだけど・・。」
「――その日常的な挨拶のキス・・・とかが、嫌なんか・・・?」
「・・・んーとね。少し、ニュアンスが違うんだけど、僕ね?
さっき、平次がしてくれたキス、みたいなのがいいんだ・・・。」
少し顔を赤くして、慎二は目を閉じた。
「小さい頃からさ、結構放っておかれたからじゃないけど、なんか・・・。」
だんだん何を言っているのかさえわからなくなってきてしまったらしいのか、慎二はそこで言葉をきったあと、黙りこんでしまった。
きっと慎二が言っているのは、こういうことなんだろう、と二人は考える。
つまり、慎二は『ただの挨拶』でも『恋人のキス』でもなく、心の伝わる『親愛のキス』が欲しかったのだ。
幼少の頃から、ずっと繰り返されたであろうキスの中に、そういうものが全くなかったのだろうか・・・・?
下を向いたままの慎二に、二人はそっと近づく。
そして、近づいた影に気づいた慎二が顔を上げた瞬間!
二人はニヤリと笑って、左右の頬にそれそれ同時にキスをした。
「・・・・!?」
「挨拶のキスだぜ?」
クスクス笑って新一は言う。そして・・・。
「けどな?平次からの唇へのキスは、もう絶対に!!なしだぞ!?」
ぴっと指をたてて叫ぶ新一に、慎二は笑う。
そして平次は可愛い恋人の焼餅に少しテレ笑いをして。
恋人のキス。友情のキス。そして、親愛のキス。
本当は区切りなどないのだけれど。
それは皆のとらえかたしだい。
穏やかな、日。
たまにはこんな日があってもいいんじゃない?